浅草寺の節分

今ではどこの寺社でも行われている節分豆まきだが、大衆的行事として行ったのは浅草寺が初めてだといわれている。毎年、一般信徒の年男による豆まきの他に、大勢の文化芸能人が参加する豆まきが有名で大勢の観客を集めている。法要のあと本堂東側(浅草神社側)回廊の外に作られた舞台で豆がまかれるが、観音様の前に鬼はいないと言う事から「鬼は外」とは言わず「千秋万歳福は内」と唱える。豆まきが終わると、七福神が登場して浅草寺三大奉納舞の一つの「福寿の舞」が奉納される。

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夕方出演する文化芸能人のポスター
高張り提灯入場 
浅草寺豆まき風景 
 
浅草寺の豆まき 江戸時代の浅草寺の節分会の特徴は「節分般若心経日数所」と記された切紙のお札を1万枚作り、そのうち3300枚を、節分会の法要終了後、本堂外陣の東西の柱に棚をつって、そこから節分と書いた大団扇であおって撒く行事だった。現在では、一般信徒が年男となり、それぞれが自分の名前が入った高張提灯を従えて宝蔵門から本堂へ行列を作って進み、高張り提灯は回廊を廻って舞台に上がる。提灯は竿から外され舞台の前に飾られ、法要が済んだ年男達が舞台に揃うと、「千秋万歳福は内」の掛け声で豆まきが始まる。集まった大勢の信徒達は今年の幸運を願い一粒でも手に入れようと手を伸ばし或は帽子を差しす。豆まきは午前と午後、一般年男による豆まきがあり、更に夕方4時から大勢の文化芸能人による豆まきが行われて人気を呼んでいる。
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七福神勢揃い
えびす、大黒の舞 
 
福寿の舞 豆まきが終わると程なく、舞台に七福神が勢揃いする。踊るのは大黒様と恵比寿様で打出の小槌や釣り竿、扇をかざして華やかに舞う。昭和39年、宝蔵門落成の際に創始された もので、観音の福徳を讃え、七福神の故事からとったものとも言われている。金龍の舞、白鷺の舞とともに、浅草寺三大奉納舞の一つになっている。
 
 
節分の日   浅草寺(℡03-3842-0181
台東区浅草2-3-1(地下鉄銀座線、都営浅草線、東武伊勢崎線・浅草)

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