千束稲荷神社祭礼

樋口一葉の「たけくらべ」の祭礼の舞台になり、初午の地口行灯風景が江戸の風俗と情緒を今に伝える千束稲荷神社の本祭りは隔年で、昭和61年に南千住の島田正治氏と栃木県石橋市の小川政次氏による平屋台造り稲穂紋、 3尺3寸の宮御輿が出御する。氏子は竜泉寺町と千束町の一部。例大祭は5月21日と定められているが、いまはこの日に一番近い週末に行われている 。例大祭では神楽殿でお囃子が奏でられ狭い境内には近所の氏子など祭り客で賑わう。

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千束稲荷神社  祭神は倉稲魂命。江戸時代4代将軍家綱公の寛文年間の創設で、浅草一円を千束郷と称し、その千束郷に上下二社の稲荷社が創られた。千束稲荷神社はその下社で北千束郷の氏神で、寛永6年発行の地図に”チヅカイナリ”と称された。明治5年太政官令により竜泉寺町一円の氏神となり現在にいたっている。
 
出御式
木が入り神輿が上がる
 
出御式と宮出し  2008年は2年に1度の本祭り。神楽殿ではお囃子が賑やかに奏でられているが境内が狭いため神輿は鳥居前の道路に据えられ、そこで出御式が行われる。先ず、大祭委員長の挨拶があり、神職のお祓い、祝詞、玉串奉奠が終わると宮司から御幣と拍子木が委員長に渡される。木遣りの一節で木が入り、これを合図に神輿が上がる。時は午前8時半、いよいよ宮出しだ。
 
宮出し

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氏子町会を巡幸する神幸行列 国際通りに出ると、神社旗、榊を持った神官、猿田彦命、木遣り、あやめの花で飾った菅笠を被った役員たち、神輿、馬上の宮司の順で神幸行列を組み、日曜とは言え往来の激しい通りを進む。やがて町会渡しが行われ担ぎ手の半纏が白地から緑地に変わる。こうして町会渡しを繰り返しながら午後1時に神社に戻ってくる。
 
 
榊を持った神官、猿田彦命、木遣り
菅笠を被った役員たち、神輿、馬上の宮司
熨斗(のし)でくるんだあやめの花で飾った菅笠
 
樋口一葉「たけくらべ」に出てくる千束稲荷のお祭り  「・・・は千束神社のまつりとて、山車屋臺に町々の見得をはりて土手をのぼりて廓内(なか)までも入込まんづ勢ひ・・・」「打つや皷の調べ、三味の音色に事かゝぬ塲處も、祭りは別物、酉の市を除けては一年一度の賑ひぞかし、三嶋さま小野照さま、お隣社づから負けまじの競ひ心をかしく・・・」「横町も表も揃ひは同じ眞岡木綿に町名くづしを、うしろ鉢卷に山車の花一枝、革緒の雪駄おとのみはすれど、馬鹿ばやしの中間に入らざりき、夜宮は事なく過ぎて・・・」
 
 
 
5月第4土・日曜日   千束稲荷神社(℡03-3872-5966
              台東区竜泉2-19-3(地下鉄日比谷線・三ノ輪)

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