世田谷八幡宮祭礼

もとは宮坂八幡宮といい、源義家が後三年の役の帰途、この地に宇佐八幡宮を勧請、士卒に奉祝相撲をとらせたという。また永禄元年(1558)岩戸(現在の狛江)に住む秋元仁左衛門という大力士が鶴岡八幡宮の前で、八幡御神体懸賞の大相撲に出場して勝ち、御神体を持ち帰り、宮坂に八幡神社を勧請した岩戸伝説も伝わっている。天文15年(1546)吉良頼康社殿新築の折、備前雲次の太刀一振りを奉納した後、郷土民衆の士気を鼓舞するために祭礼に相撲を奉納したのが奉納相撲の始まりだ。当社の奉納相撲は江戸三大奉納相撲として有名で近在近郷から力自慢の力士が集まり「宮坂の宮相撲」と呼ばれた。奉納相撲とは神の前で力競べすることによって神意を問い、年占いや豊作を祈願するものだ。

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奉納学生相撲   2005年は境内にある土俵で神官のお清めの儀式の後、東京農大の相撲部が四股、すり足、また割りなどの準備運動を披露したあと、東西戦、勝ち抜き相撲を奉納した。
 
世田谷八幡宮  源義家が後三年の役から帰途中、世田谷の里で豪雨に会い,先に進めず天気回復を待つため10数日間滞在する事になった。敬神の念厚い義家は今度の戦勝は日頃う守り神として信仰する八幡の加護によるものと豊前宇佐八幡の分霊をこの世田谷に招き盛大な祭りを行い、里人にこの祭神を郷土の鎮守神として信仰するよう教えたと言われている。
 
 
宮坂の地名  古くは世田ヶ谷村の小字であるが、由来は定かでない。創建・寛治5年(1091)の世田谷八幡は、かっては宮坂八幡宮と称したことに関連するのではなかろうか。
 
9月14~15日   世田谷八幡宮(03-3429-1732)          
 (世田谷区宮坂1-23-20、東急世田谷線・宮の坂)

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