節分豆まき

2月3日は節分、冬から春への節替わりの日だ。陰暦では立春の前日に当たり、新年より前に来ることも多かったので、長く厳しい冬から春へ移るこの日に、苦しみや災いを追い払って、新春を迎えようと願う行事「追儺」が行われた。豆をまいて鬼を追うという行事は明代の風俗を取り入れたといわれるが、民間では節分の夜に「福は内、鬼は外」と豆まきをするのが昔からのしきたりだ。各寺社では災いを追い払う儀式「追儺」をいろいろな形で行うが、合わせて有名タレントを招いて賑やかな豆まきを行う所が多い。増上寺でも例年、相撲取りや有名タレントを呼んで豆まきをするが、2006年は春場所優勝した栃東関、卓球のアイちゃんこと福原愛が本堂前に設けられた舞台から年男や年女にまじって華やかに豆をまいた。境内はその豆を拾って幸運にあやかろうと大勢の人で大混雑だ。

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山門からお練り行列が入場
舞台で餅つき
餅を舞台からまく

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 幼稚園児による鬼退治
年男・女による豆まき
愛ちゃんの豆まき
 
節分の風習  節分の日に豆をまく慣わしの他、「ヤキカガシ」を家の門口や建物の出入り口に掲げる風習もある。豆の枝を箸の大きさに整え、先端を鋭く削って焼いた塩鰯の頭を刺す。鬼は塩鰯の頭のような臭気の強いものが苦手で邪鬼が入り込むのを防ぐ「鬼脅し」の意味だ。
 
増上寺  山号は三縁山、もと光明寺と称する真言宗の寺院で、今の千代田区紀尾井町付近にあったが、1393年(明徳4)聖聡が浄土宗に改め、増上寺と称し、1598年(慶長3)家康が徳川家菩提所と定めて現在地に移した。以後、寛永寺と並ぶ江戸の大寺となり、全浄土宗の諸寺を管した。

芝公園の地名  芝公園はもともと芝増上寺の境内地で、明治6年に太政官布達により公園として指定された。この界隈自体が増上寺門前に開けた門前町であり、上の経緯もあって芝公園と門前町との関係も深く、昭和47年(1972)に住居表示によりこの地名になる前も俗にこの周辺を芝公園地といっていたらしい。

節分の日   増上寺(℡03-3432-1431)
(港区芝公園4-7-35、JR・浜松町、都営浅草線、大江戸線・大門、浅草線・御成門)
 

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