四条流庖丁儀式

松の内の節目となる成人の日に神田明神で、当社のだいこく祭りにちなんで、日本料理の古式伝統行事である「四條流庖丁儀式」が奉納される。装束姿で右手に庖丁刀、左手に真魚箸を持ち、まな板の材料に触れることなく調理する古式に則った所作は日本王朝時代の厳粛な儀式であり古典文化生活の一表情だ。流麗で見事な庖丁さばきで切り分けられてゆく鯉に参拝客は息をひそめて見入りさばき終わると歓声や拍手が沸き上がる。「庖丁儀式」は日本の王朝時代から1200年余り連綿と続いている厳粛な伝統的儀式でわが国の貴重な古典文化だ。四條流の名は平安時代の初期、第58代光孝天皇の時代に四条中納言藤原山陰が、みずから庖丁を執って鯉を切った時の型に由来するという。

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庖丁式準備  何時もは賽銭箱がある社前に大俎が据えられ注連縄が張られる。
 
臨時拝観席  拝殿前に50席ばかり設けられ、一般参詣者はこの後ろで参拝することになる  
 
鯉飾之儀  庖丁儀式は鯉を三方に乗せ俎に運ぶことから始まる
庖丁と真名箸を運ぶ  次に菊花を添えた三方に庖丁と箸を乗せ俎に運ぶ
 
庖丁人登場  襷掛けをし庖丁と真名箸を取り上げ古式に従い作法を進める
先ず紙を切る  左手に置かれた半紙に手を全く触れず切ってゆくのだが熟練の技だ
調理開始  俎の鯉、先ず頭と胴を切り離す。1つ1つのの庖丁さばきが様にになっている
頭を左隅に立てる   切り離された頭は左上に置かれ最後まで其処から動かない   
胴を調理する  切り離された胴を次々に切り刻んで行く。その庖丁さばきは見事なもの
幣束を立てる 最後に小さな幣束を立てる。小1時間、観客は息をひそめて庖丁捌きを見つめている
庖丁儀式終了  終わると観客からはどよめきが起き、期せずして一斉に拍手が贈られる
俎の鯉を見たい  庖丁人一同が退席すると遠くからしか見えなかった観客が殺到、混雑

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四條流庖丁儀式 四條中納言藤原朝臣山陰が鯉を庖丁したことから、庖丁儀式の切形が始まったと伝えられ、源氏物語の「常夏巻」にも中将の君の包丁さばきが記されている。平安朝の時代、殿上人の間では、正餐の席で主人が自ら賓客の前で庖丁を取り、魚や鳥などを料理する習わしがあり、その中からいくつかの流派が生まれ、各流派ごとに切り型、作法、まな板の大きさ、庖丁刀、真名箸(マナとは魚のこと。野菜を扱う菜箸に対し、真名箸は動物性の材料を扱うのに用いる箸)の寸法まで事細かに定められた。鯉や鯛、鮒などの魚の外、雁、鴨などに加えて昔は鶴を天皇の御前のみ用いた。材料や時と場所によって切り型が異なり、とくに鯉には「龍門の鯉」「長久の鯉」「出陣の鯉」など四十種もの切り型がある。
 
四條流包丁儀式見学記  12時半を廻ると10列くらいの参拝者が並んでいた賽銭箱は20m程後に下げられ、拝殿正面に50席くらいの臨時拝観席が設けられる。拝殿正面に畳一畳位の厚板の俎が据えられ横四面に注連縄が張られて俎上も拭き清められる。午後1時、四條流一行は明神会館を出発し、笙の音に伴われて昇殿し太鼓が鳴り響いて俎開き前の神事が始まる。祝詞の唱和、巫女による鈴のお祓い、2礼2拍手1礼の礼拝が済むと装束に身を固めた15名くらいの一行は大俎両脇の席に着く。15代家元土井柏雅氏の解説で包丁儀式が始まるのだが包丁人は斉藤柏鳳氏で奉納式題は成人式に合わせたのか「元服の鯉」だ。鯉飾之儀で佐藤柏翔氏が三方に乗せた鯉を俎に運び、包丁飾之儀で小島柏星氏が三方に菊花を添えた包丁と真名箸を運ぶ。そして斉藤氏の包丁式が始まる。俎左側に置かれた半紙を切る作法があり、それから鯉を料理するのだが先ず頭と胴を切り離して頭を俎左隅に立てる。胴を細かに刻んで行くがこの間すべて包丁と箸だけで手は一切俎と鯉には触れない。最後に小さな幣束を立てて儀式は終了するが、息をひそめて見ていた観客から大きな拍手が湧き起こる。司会者の勧めで俎の鯉を確かめるべく見物客が社前に押しかけて大混雑、一般参詣者は変わらず、その後ろでお参りしている。俎開きは同じ四條流で坂東法恩寺でも取材しているが、このようなよりオープンな形で日本の伝統文化が一般に公開されていることに嬉しさを感じた。
 
 
 
1月成人の日   神田神社(℡03-3254-0753
             千代田区外神田2162(JR・御茶ノ水)

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