菖蒲祭り

5月5日は端午の節句だ。本来、端午というのは月初めの午の日のことだが「午」が「五」に通じ、また5月は物忌みの月で菖蒲や蓬など香りの強い草で邪気をはらう儀式が行われた後、武家社会では「菖蒲」を「尚武」にかけて騎射や武技を競うことが男の子の祝いにふさわしい風習として取りいれられるようになった。江戸時代、祭礼に相撲を奉納することが多く、古くは鶴岡八幡宮や江戸三大奉納相撲と言われた、世田谷八幡、渋谷の金王八幡、大井の鹿島神社にその例を見ることが出来る。戸越八幡で端午の節句に菖蒲祭りとして子供相撲を奉納するのもこのような意味があるのではないだろうか。沢山の幟旗や鯉幟が華やかに立ち並ぶ中、土俵に榊を供えて菖蒲祭の式典が行われる。

スポンサーリンク

子供相撲  子供相撲は午後1時より始められる。2組に分かれた子供達は白と紫のまわしを付けて貰い出番を待つ。取り組みは小学6年生からで勝ち抜きで残った4名で巴戦が行われ、2勝した子供が優勝者で3位まで。以下5年生、4年生とそれぞれの取り組みがあり女の子も負けじと奮戦する。最後に宮司から賞品が渡されて菖蒲祭りは終る。相撲をとる子供達も真剣だが周りの父兄からの声援も賑やかにこどもの日を盛り上げる。
 
戸越八幡神社 大永六年(1526年)、村内藪清水の池中から行永法師が神体を発見し草俺に奉安、京都石清水八幡宮より分霊を勧請して祀ったのが起源と言われる。元禄元年宮居を現在の地に遷し、社殿は安政2年(1855)の創建で、戦災にも免れ都内で最も古い神社建築を今に伝えており、古くから氏子住民の崇敬の念きわめて篤い。
 

スポンサーリンク

戸越の地名の由来  八幡宮の手水鉢の向かいに「江戸越えて清水の上の成就庵 ねがいの糸のとける日はなし」の歌碑がある。ここから、江戸を越えたところにあるから戸越という地名になったといわれている。今でも八幡坂の東よりに清水坂という坂があり、昔は、遥かかなたまで一望できたと思われる。江戸から来た旅人が、坂の下の清水でのどを潤し、清水坂を登って江戸方面を振り仰ぐ姿が目に浮かぶ。成就庵は無くなってるが、戸越八幡神社の隣にある行慶寺の前身か?
 
 
5月5日  戸越八幡神社(03-3781-4186
(品川区戸越2-6-23、地下鉄浅草線・戸越)

スポンサーリンク

\ おともだちにシェアお願いします /

こちらの記事もどうぞ