正一位岩走神社祭礼

五日市の東にある伊奈地区の岩走神社秋祭りは五日市街道の両側数百メートルにわたり万灯が立ち並び、旧増戸村のほぼ全地区をあげての盛大なものだ。宵宮の土曜日午後2時、町内御輿のお祓いの儀があり、全町内の大人神輿と子供神輿が境内に集まりお祓いを受ける。本祭の日曜日には子供御輿、大人御輿、その後に太鼓、獅子、ご本社神輿、宮司と続く神幸行列が行われ、一時的に交通規制もあり夕方遅くまで山車やお神輿が伊奈地区の五日市街道を練り歩く。

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正一位岩走神社 (しょういちいいわばしりじんじゃ)
創立は不詳。信濃国伊那郡の住民12名が当地に来て一村を開き、本国に鎮座する戸隠大明神の分身を勧請したという12名のうち宮沢左京季周が司官となり、以後宮沢家に引き継がれたが、 藤原豊前守宮沢安通が天皇の書の師として京都に招かれて授かった正一位を寛政6年(1794)神社として神階を許され、正一位岩走神社と改称した。「岩走り」の呼称は珍しいが、神社が秋川のほとりにあった大きな岩の上に建てられ、秋川の流れを「走り」と言ったことから付けられたという。また、万葉の古歌「岩走る垂水の上の早蕨も燃えいずる春になりにけり」からとったという説もある。
 
伊奈の地名 1152年、信濃国伊那郡より12名の人々が、この地区に移り住み里人とともに荒れ果てた原野を開拓し、井戸を掘り、飲料水の確保など貢献したがこれらの人々は故郷の伊那にちなみ「伊奈」と名づけたという
 
町内神輿お祓いの儀  宵宮の午後、2時、境内でお祓いをうけるため全町内神輿と子供神輿が山車に伴われ、2基の高張り提灯に先導され境内に次々に入って来る。各町内の神輿長が拝殿に上がり祭典を行った後、神官が境内に下りて来て先ず、子供神輿からお祓いをし次に町内神輿のお祓いをする。そして昨年の古い幣束を新しいものに取替えて神輿に供える。全員のお祓いが済むと1本締めが行われて町神輿は威勢良く町内に帰って行く。

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高張り提灯に先導されて宮入りする新宿神輿
お祓いを受け境内を練って町内に戻る北郷神輿
 
新宿山車  三代目。昭和32年(1957)制作。大工は山本忠夫。彫師は西田三冶。車輪は翌年。先代は明治30年頃制作。初代は八王子の万町より購入。
 
五日市街道に立ち並ぶ万灯  五日市街道の両側歩道に数百メートルにわたって5メーター間隔くらいに立ち並ぶ万灯、所々に正一位岩走り神社と大書した大幟が打ち立てられ、神社手前から露店や屋台も100メーターくらいに賑やかに並んでいて、伊奈の町は祭一色だ。
 
宮御輿の上には 鳳凰でなく「やたがらす」(神武天皇の道案内した烏)が乗っているのも珍しい。
 
 
9月15日近くの土・日曜日   正一位岩走神社(℡042-596-2109) 
(あきる野市伊奈1575、JR五日市線・武蔵増戸)

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