水行国祷会

昭和49年のNHKテレビ「勝海舟」で海舟との関係が報道されて、一躍有名になったこの寺では、厳冬の2月、国家安泰を祈願す、水行国祷会が催される。今年で50回というこの荒行は、四方に竹を立て、注連縄で囲った本堂前の祭場の中に、澄み切った冷水をたたえた四斗樽を据え置き、10人程の修行僧が、気合もろとも手桶で何杯も頭から冷水をかぶるという水行だ。江戸末期、幕臣勝小吉が愛息鱗太郎海舟のために、水行をとって日参祈願したいきさつもあり、毎年大勢の見物客を集めている。   

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寒中水行  僧達は千葉県中山法華経寺の荒行堂で100日間の過酷な修行を終えて来たばかり。1日3時間の睡眠、朝夕2回の質素な精進料理だけで3時間おきに1日7回水をかぶったという。この妙見堂は勝海舟が犬に噛まれて怪我をした時、父、小吉が水垢離をとって祈願したところで大阪府の能勢妙見堂から勧請され、開運厄除けに霊験があると江戸時代から信仰されてきた。
 
修行僧の入場  回りをとり囲む信者の読経とともに
白衣をまとった僧達が入場し冷水の入った四斗樽の
前にしゃがむ。
 
水行肝文を唱えて祈る  樽の水が無くなるほど手桶で何回も水をかぶった後、再び樽の前にしゃがみこみ、国家の安穏を祈る水行肝文を大声で唱える。

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墨田区の地名  昭和22年に、本所区と向島区とを合併してできた。名前は隅田川からとったが、「隅」という字が当用漢字にないために、様々あった「すみだ」の当て字の中でも言葉の響きのよい「墨」の字を使った。
 
 
本所の由来  中世中央で荘園を支配する荘園領主のうち摂関家や大寺院を「本所」と呼び、それ以外を「領家」と呼んだ。鎌倉幕府の登場により、荘園領主の力が衰えてくると、地頭は荘園の半分を強引に領有するようになり、荘園領主たちは残った領地に対して「本来の所領」の意味で「本所」や「領家」を地名として命名した。当区の本所もこの本所と思われる。また、この地は昔の牛島村、石原村の中心で、本村や、中之郷、あるいは本所という考え方でこの地名になったともいう。
 
2月15日   能勢妙見山別院℡03-3623-2485
(墨田区本所・地下鉄都営浅草線、本所吾妻橋)

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