水行

この日、立源寺では荒行僧による水行が行われる。この荒行僧は千葉県中山の法華経寺で前年の11月1日から100日間、俗界から総ての縁を断ち1日に7回冷水をかぶり3時間の睡眠と朝夕2回の粥と精進料理だけの「百日行」という修業を積んできた人たちである。境内に注連縄を張った行場に据えられた四角の水槽の前で、下帯だけの不精髭14人の荒行僧が国家安泰や家内安全の「水行肝文」を唱える。一同の口から裂帛の気合がほとばしり満々とたたえられた冷水を桶に汲み取りザンブとかぶる。1回、2回、荒行僧たちの気迫は山内を圧倒し赤味をましてきた身体から湯気が立ち昇る。

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水を浴びる修験僧たち  修験道の修行は山中で修行することで超自然的な霊力を身につけるもので効験をもたらす霊力を身につけることを修験といい、霊力を得た者を修験者という。修験者は山中の大地に身を伏せて山の霊力を身に受けるので山伏とも呼ばれた。こうした山伏の修行に火渡りと水行の厳修がある。
 
水槽の前に
水槽の前で水行肝文を唱える 
 
立源寺と本堂前に揃った修験僧たち  立源寺は開基以来350年の歴史を持つ日蓮宗の古刹。

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団扇太鼓で修験僧を斎場に迎える立源寺信徒目黒同心会

目黒の地名  目黒は鎌倉時代以前から存在した古い地名で由来も不明で諸説あり。馬畔(めぐろ)説 めぐろの「め」は駿馬の「め」、すなわち馬という意味。「くろ」は畔(あぜ)、すなわち畔道を意味する。従って「めぐろ」は、馬と畔道を意味する馬畔という音から生まれたという説で昔、関東地方には馬の牧場が多く牧場を管理している人は、畔道を通って馬を見回り、その畔道の中を自分の縄張りとしていた。『目黒区史』(昭和36年発行)では、この説を妥当としている。他に地形説 、目黒不動説 などがある。

 
中根の地名  山の峰や尾根から平地に向かって成す斜面が、まさに平地に届こうとするところが「根」といわれる。この根は住居に適した場所である「中」は江戸時代の衾村の中央に位置する「根」ということで「中根」と呼ばれていた
 
2月10日   立源寺(℡03-717-1387)
(目黒区中根2-21-17,東横線・都立大学)

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