高木の獅子舞

境内に獅子舞の銅像を持つ高木神社の秋の例祭に、江戸時代から伝わる東大和市唯一の3匹の獅子舞が奉納される。その昔、悪病が流行りその退散を祈願して舞われたのが始めと伝えられている。後継者難から一時中断していたものを「高木獅子舞保存会」を結成して1998年に復活したものだ。伝統ある獅子舞を後世まで残そうと練習を重ねて来た成果を、この日奉納披露する。演目は一庭で高木獅子舞の唄に合わせて狐と獅子3匹が踊る古式豊な舞で獅子舞に用いられる獅子頭は江戸後期のものとされ、狐面、太鼓、衣装などとともに東大和市の郷土資料として指定されている。

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獅子舞  四隅に華やかな彩りの牡丹をあしらった花笠衣装に前掛けをし、紅白の鼻緒の草履を履いて「ささら」を持った「ささらこ」が立つ花園の中で舞われる花がかりだ。「思いもよらぬ朝霧が降りて そこで雌獅子が隠されさよな・・・」霧の中に消えた雌獅子をめぐって2匹の雄獅子が争い、それに道毛役の狐がからみ、やがて和解した3頭の獅子が揃って舞ってクライマックスを迎えるという物語風に纏められた、動きの多い古式豊な獅子舞だ。獅子舞は風流形式。
 
獅子頭 龍頭で、いずれも黒の漆塗りで白銀の細かい前髪に、巾約5センチ、長さ1メーターほどの檜を鉋で削ったカール状の15枚の長い後毛を重ねている。剣獅子は金の剣角に白と黄色の御幣、雄獅子は金と黒のねじれ角に青と白の御幣を、雌獅子は赤と白の御幣に宝珠を頂く。

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獅子舞行列  午後6時になると、獅子舞行列が高木神社隣の明楽寺跡、社務所から狐の先導で4人のささらこ、2頭の雄獅子、1頭の雌獅子、笛数人、唄数人の順で神社正面より入場し、青竹を4本立て、しめ縄を張った社殿前の舞庭で舞を奉納する。木々に囲まれ夕闇が下りた舞庭にはかがり火が焚かれ、古式獅子舞を演じる絶好な雰囲気を作り上げている。周りは何時の間にか、大勢の観客が取り囲み、敬老の日に因んだ「シルバー席」も一杯になり行列の入場に盛んな拍手を送っていた。
 
高木神社  創建年代は不明だが、宝暦12年(1762)に本堂が改築されたという記録があるという。明治時代の初めまで、高木山明楽寺という寺の管理下で、尉殿(じょうどの)神社という名称だったが、廃仏希釈(明治初年の仏教排撃運動)のために寺が廃寺となり、明治13年に高木神社と改名した。明治17年に高木村外5ケ村連合村会(東大和市の前身)が出来たとき、連合戸長役場が置かれ、今は書類入れだった土蔵だけが当時の面影をとどめている。境内には総本社が宮城県の塩釜市にある安産を祈願する塩釜神社もある。
 
 
獅子舞の銅像東大和市内には27カ所に「美術工芸品」が設置されていて高木神社境内には古くから伝わる獅子舞の青銅像がある。
 
 
9月中旬の日曜日   高木神社(℡042-565-2321、保存会副会長、尾崎義美氏)
(東大和市高木2-106、西武新宿線東村山駅バス→立川行・塩釜神社前)

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