竹取り神事

五日市の阿伎留神社で6月30日に水無月祓の祭りがある。一年の半分が過ぎるこの日に、茅の輪をくぐり、それまでの半年間の穢れを祓い、残り半年の無病息災を祈る祭りだ。珍しいのは「竹取の神事」で、昼頃までに、すぐ解体できるように竹を束ねて茅の輪を作り、夜、水無月祓いの儀式が終わると同時に大勢の氏子の若い人たちがこの茅の輪の竹を奪い合う。奪い取った竹を自宅の神棚に供えると1年間無病息災で過ごせるといわれている。何時頃から始まったのか分からないが相当古い歴史を持つ神事で、かつては秋の例大祭と並ぶ盛大なお祭りだったと言われている。神楽殿では五日市高校の和太鼓演奏をはじめ数々の芸能が奉納され、沢山の出店も並んで賑やかな大勢の人出に驚かされる。

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氏子達が拝殿前に設けられた茅の輪をくぐる
通常、茅で作られるがこの神社では竹が束ねられている。
上町囃子連の奉納。神楽殿前では数々の芸能が。
 
阿伎留神社の水無月祓 先ず驚かされるのが人出の多さだ。水無月祓、夏越の祓いというと通常、氏子が参加するのは茅の輪くぐり、形代流し、或は形代のお焚き上げといった厳粛な儀式だけだが、ここでは、梅雨の晴れ間に恵まれたせいもあるのだろうが、大勢の氏子が老若男女揃って参加し、子供連れの親子、若い娘の浴衣着姿、年寄り夫婦、とくに目立つのが若い男達で竹取を目当てに集まっているのだ。午後8時、拝殿で水無月祓の祭儀が始まるが、それまで神楽殿では、五日市高校の和太鼓、上町囃子連、落語、留原囃子連と盛り沢山の芸能が奉納され大勢の観客から盛んな拍手を貰っている。
 
神官を先頭に氏子役員達が茅の輪をくぐる。周りには大勢の若者が今や遅しと待ち構えている。 
神官達が輪をくぐり終わるやいなや怪我防止の白い手袋をはめた若者達によって茅の輪は押し倒され、竹がむしり取られる。
 

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阿伎留神社  平安時代中期に開基していた記録もある古社。鎌倉時代以降に、関東の鎮守として源頼朝、足利尊氏、徳川家康などの武将に崇拝されたという。また、秋川の川名はここに由来するとも。延喜式神名帳 武蔵国多摩郡八座の筆頭に載る著名の古社。三代実録では従四位下勲六等、藤原秀郷京の大原野明神の土を移して祀る。江戸時代は御朱印十石を寄せらる。明治六年郷社となる。現在3日間の神幸祭は近郷一の大祭として毎年行う。
 
竹取り神事  午後8時半、拝殿での儀式が終わると、神官が氏子役員の先頭に立って茅の輪をくぐり始めるが、その頃には茅の輪の回りは大勢の若者達が取り囲んでいる。神官と総代達がくぐり終わるやいなや、待ち構えていた若者達が茅の輪に殺到して押し倒し、竹をむしりとる激しいバトルだ。バトルがおさまると婦人や子供達もそれぞれ輪から竹を取り家路に向かう。
 
 笹は神の依代(ヨリシロ)として,神が一番乗り移りやすく,悪魔を追い払うと言われる。例えば地鎮祭で は,斎場の四方に斎竹(イミタケ)を立て,注連縄張り渡し,不浄を防ぐ。熊笹の神事,又は湯立てでは、青竹に注連縄を張っ た中で,大釜に沸かした熱湯に神主又は巫女が熊笹の小枝を束ねたも のを入れて,その湯だまを参詣人に振りかける。そ の湯がかかった人はその年は無病息災で過ごせるといわれている。
 
むしりとった竹 
貰った竹を携えて
 
 
6月30日   阿伎留神社(042-596-0560
あきる野市五日市1081JR五日市線・武蔵五日市

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