館谷八幡神社祭礼

約150年前の寛文2年の検地帳に記録があるという古い創建の館谷八幡神社の祭礼は毎年、9月28、29の両定日に行われる。28日午前11時から例祭式典が行われ、午後1時に神社神輿が出御して町内を巡行し、午後6時半に御旅所に納められる。29日、午後1時半に御旅所を出発した神輿は町内を渡御した後、午後7時に宮入する。巡行路となる五日市街道の両側には華やかな花万灯飾りが並び続き、この間を賑やかな館谷囃子に乗って六角形神輿が勇ましく渡御する。

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五日市街道の両側に並び立つ花万灯祭り飾り、突き当たりは駅だ 
神酒所を目指して元気一杯,五日市街道を行く六角形宮神輿
 
館谷八幡神社例祭 武蔵五日市駅を背にして右に東進するのが桧原街道、駅正面から西へ進むのが五日市街道だ。館谷八幡神社は、華やかな花万灯で飾られた、この五日市街道を行き「鈴木内科」という大きな看板を右折するのだが、それから先は住宅街で目標も無く道が入り組んでいて、土地の人に聞きながら訪ねる他は無い。神社は住宅街の真ん中にあるのだが、この周辺は昔は森と畑だけで入り組んだ道は多分、当時の農道の名残なのだろう。さして広くはない境内には大小2基の6角形神輿と館谷囃子連の山車が宮出しを待っている。午後1時前、行事が始まるが神事は全く無くて責任役員や神輿責任者たちの挨拶と、その都度の手締めが繰り返される。お神酒が配られ子供達にはお菓子が渡され、館谷囃子が賑やかに演奏され始めて宮出しとなる。先ず五日市街道を駅方向に進んで行くが、平日なので担ぎ手が少なく、交通量の多い街道を行くので大勢の交通指導員と警官に守られながらの巡行となる。担ぎ手たちは、担ぎを趣味に専門化した睦たちとは違い、素人集団なのか、スピードが速く、何となく纏まりがイマイチの感じで、舘谷の氏子一団とともに祭囃子に押されて神酒所を目指し、やがて最初の休憩となる。橋本宅で飲み物や軽食の接待を受けるのだが、聞けば祭りの両日、約20軒の私宅が神酒所として提供されるそうで、今時、東京区部では考えられない「しきたり」が行われていて珍しく思った。橋本氏の音頭で手締めが行われて次の神酒所を目指して行列は出発する。

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館谷八幡神社  祭神は応神天皇、起源・由来は不詳だが寛文2年(1663)の検地帳に「御除地畑五畝六歩八幡免正光寺持」とある。なお正光寺は鎌倉時代嘉元3年(1305)の創建。もとは八幡大明神と称したが明治維新の際に八幡社と改めた。
 
個人宅が神酒所に  飲み物や軽食の接待を受けるのだが、祭りの両日、約20軒の個人宅が神酒所として提供される。土地を広く持ったこの周辺だから出来ることで、都心の祭りでは、とても真似が出来ないことだ。接待をした家の主人の手締めで次の神酒所へ神輿が上がる。
 
境内を練る六角神社神輿  台座2尺7寸(83)昭和23年地元宮大工・滝島氏作  正方形台座に六角形の胴と屋根、平屋台造り小振りな神輿。急勾配、黒屋根、六角の背高宮神輿。小振りだが黒光りする燻し銀のような味ある神輿だ。 30年位前までは全くの白木だったそうだ。
 
 
 
9月28,29日   館谷八万神社(℡0425970040宮司宅)
              あきる野市館谷159(JR五日市線・武蔵五日市)
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