素盞雄神社の「天王祭」

3年ごとの本祭に、御本社神輿が2日間にわたって氏子町内を渡御する。朝7時、木遣りを先頭に神社に向っていた町屋の隊列が、突如崩れ、白衣の若い氏子達が先を争って境内の神輿に群がる。いよいよ宮出しである。そして、神酒所前や四辻などにさしかかると、長い二天棒に載せた台輪寸法4尺1寸の大神輿を左右に倒す豪快な神輿振りを見せ、いかにも荒神、素盞雄尊の祭らしい。1541年、荒川の洪水で流されて来た神輿を町屋村の里人が拾い上げ、神社に納めたことから神輿の渡御が始まったと言われ、今でも神輿の宮出しは町谷の氏子が取り仕切っている。

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左右に大きく振る独特の神輿振り  祭神「すさのおのみこと」は荒っぽく扱うほど霊力が高まると信じられ、これが神輿を左右に揺さぶる独特の神輿振りの所以と言われる。
 
境内に駈けこむ町屋の氏子達  朝7時、沿道の各町の高張り提灯が迎える中、木遣りを先頭に神社に向っていた町屋の隊列が突如崩れ、白衣の若い氏子達が先を争って境内の神輿に群がる。いよいよ宮出しである。
 

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素盞雄神社  荒神で知られる素盞雄尊は天の岩戸の後、出雲の国に下り、八俣の大蛇を退治して苦しんでいた村人を救い、また、出雲地方の開発繁栄に力を注いだ。牛頭天王の別名を持ち天王さまとして全国で崇められている。 
組太鼓「天王太鼓つくも会」 二十七年前盆踊などで太鼓を叩く人がいないという地元の声を受け結成された。普段は太鼓教室などを開き区民との交流を深めているが天王祭の奉祝行事などに出演し人気を集めている。
 
千住の地名  喜暦2年(1327)、新井図書政次というものが荒川で千手観音像を見つけたので、この地を千手(せんじゅ)とよんだという。他に足利将軍善政の愛妾「千寿の前」の出生地であるとこらから千寿(せんじゅ)とな名付けたと言う説、千葉氏が住んでいたので千葉住村といったのを、千住村というようになったという説などがある。
 
6月3日近くの土・日曜日   素盞雄神社(03-3891-8281
(荒川区南千住6-60-1、地下鉄日比谷線、JR常磐線・南千住)

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