鉄砲洲祭(陰祭り)

平岩弓枝著時代小説「御宿かわせみ」の女主人、「るい」が時折お参りしたという湊稲荷はこの鉄砲洲稲荷神社の旧社名だ。築地付近の湊・新富町・入船・銀座1~8丁目の17ヶ 町に及ぶ広い地域を氏子とする鉄砲洲稲荷神社の創始は古く、平安時代初期の仁明天皇の承和8年(841)といわれ、平成18年は鎮座1166年例大祭(陰祭)が5月2日から4日間斎行された。鎮座の日が4月15日だったので永年その日に例大祭を行ってきたが明治初年、新暦に直して5月4日になり今日に及んでいる。本祭りは3年に1度で本社神輿の渡御、および町内神輿の連合渡御が行われ、陰祭には鳳輦神幸祭が催される。

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鳳輦神幸祭  神幸祭とは氏神様が氏子の地域に渡御する行事で、氏子である銀座東の地域を、鳳輦を奉じて、平安の装束に身を包んだ神職や町の人々が行列して練り歩く。銀座を訪れた観客も足をとめ繰り広げられる時代絵巻を楽しんでいた。
 
鉄砲洲稲荷神社 古くは日比谷入り江(東京湾)の奥深い地に鎮座されてたが、その後の埋め立ての進行に伴いたびたび遷座し、寛永元年(1623)に今日の鐵砲洲稲荷神社の基礎を築いた。 江戸時代に至り米塩酒薪炭を初めほとんどの消費物資は鐵砲洲の湊へ入ってきた。このため、鐵砲洲生成(いなり)太神の名は船乗人の海上守護の神として全国に広まり、今なお、冬至開運祈願祭に授与する「金銀富貴」の神礼は日本全国の人々に崇敬されている。
 
鉄砲洲の地名 鉄砲洲の地は徳川家康入府の頃、既に鉄砲の形をした南北凡そ八丁の細長い川口の島であり、今の湊町や東部明石町の部分がこれに相当する。寛永の頃はここで大砲の射撃演習をしていたのでこの地名が生まれたともいう。

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鳳輦神幸祭社前式
 
5月2~5日   鉄砲洲稲荷神社(03-3551-2647
(中央区湊17、地下鉄日比谷線、JR京葉線・八丁堀)

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