穴八幡神社の「冬至祭」

冬至の日に江戸時代の元禄年間から穴八幡宮だけに伝来する長い伝統のある、一陽来復のお守りを出す。このお守りは財宝に縁が深くその融通がついて苦しむことが無いということから商売繁盛のお守りとして、これを求める参詣人が都内は勿論、関東近県、なかには遠く北海道、九州から出かけてくる人々で境内はごった返す。師走の忙しい時に何故こんなにも人が集まるかと不思議に思えるほどの賑わいだ。授かった護符は、冬至と大晦日、節分の日の午前0時にその年の恵方と反対側の柱に貼ると良いという。恵方(えほう)とは 「明の方」(あきのかた)とも云い、その年の歳徳神の所在する方向を指す。古くは正月の神の来臨する方角を指していた。 境内では“融通”にひっかけて柚子(ゆず)が売られる。

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お札授与所前の行列  境内に入るため1時間、境内へ入って更に1時間計2時間かけてやっとお札授与所に辿りつく。境内に牛込署の警官が入って行列の整理をしている。
 
 
一陽来復のお守り  キンカンと銀杏各1個を清祓して円筒形の紙に包んであり、キンカンとギンナンで金と銀=財宝に縁が深くその融通がついて苦しむことが無いということから、お金に不自由することが無く商売繁盛に霊験あらたかと、嫌になるほど長い行列に2時間並んで頂く一陽来復のお守り。
 

早稲田の地名  江戸初期にはすでにこの名があり、江戸時代に一帯が生育の早い品種を植えた田んぼが多かったことからその地名がついた。一帯の田園は「早稲田田圃」と呼ばれていた。

穴八幡神社  寛永13年(1636),徳川幕府・御持弓頭の松平直次が当地に的場を築き,射芸の守護神として京都の岩清水八幡を勧請したのが始まりという。八幡神を管理する別当寺を建てるために境内南側の崖を整地したとき横穴が現れ、金銅の阿弥陀像を発見し、以来、高田八幡宮から穴八幡宮に改称。慶安2年(1649)には本社以下の諸堂が完成し、江戸城の北の鎮護として将軍家の祈願所となった。もと牛込36町の総鎮守で、また「虫封じ」に御利益があることでもしられ、明治12年(1879)後の大正天皇の虫封じ祈願や夏目漱石夫人も虫封じ護符をもらいに通っていたといわれている。
 

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柚子(ゆず)を売る店 境内では“融通”にひっかけて柚子(ゆず)が売られる。
 
混雑を極める境内  境内は狭くはないのだが、参道に露店がぎっしり並び右側の広場にはお札に並ぶ人たちで溢れ歩行もままならない。
 
冬至の日   穴八幡神社(℡03-3203-7212
(新宿区西早稲田2-1-11、地下鉄東西線・早稲田)

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