佃祭

江戸開府のとき家康の命により、摂津の国佃村の神官が住吉大神の分霊をささげ、漁夫とともに江戸に来てこの地を整備し、本国の名を取って命名したのがはじまりだ。住吉神社の3年に1度の大祭(2008年)は、獅子頭の宮出しから始まる。そろいの浴衣に足袋はだしの若衆が、雄雌2頭の獅子頭を中心に境内で激しいもみ合いを続ける。この間、この日連合渡御を行う月島、晴海など氏子町会の神輿が佃の町に勢揃いする。2日目は宮神輿の船渡御だ。隅田川、朝潮運河を1巡した神輿はお旅所へ、そして3日目にお旅所から再び氏子町内を渡御した後、夕方高張提灯を掲げ、神社に戻り佃のお祭は終わる。

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獅子頭の宮出し 宮神輿の巡行路を清めるためのもので、獅子の鼻綱をつかむと縁起が良いと、若衆が獅子頭に殺到し、激しいもみあいとなるのだ。
 

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お賽銭を投げつけながら  江戸時代天保10年に作られた台座4尺2寸(127)の大神輿で、屋根、胴が八角形の珍しいもの。「住吉講」の若衆がお賽銭投げつけながら、先を争って神輿の台棒に取り付く。
 
宮神輿の宮出し  神輿に取りついた若衆達は、大勢の氏子達の掛け声と手拍子の中、何度も神輿を高く捧げ或は沈めた後、境内を出て行く。
 
船渡御の出発  船渡御の出発点はリバーシテイ21前。早朝6時の神社での宮出し開始から約1時間、御座船は幾艘もの供船を従え、隅田川を下り、朝潮運河を遡り約1時間後に再びここに戻る。
 
 
 
 
佃の地名  天正18年(1590)家康が関東下降の際、摂津の国佃村の漁夫33人が江戸に移り、正保2年(1645)現在の地に百間四方の土地を埋め立てて築島し永住することとなり、故郷に因んで佃島と名づけたのが起こり。
 
8月3日~8月5日   住吉神社(03-3531-3500
(中央区佃1-1-14、都営大江戸線、地下鉄有楽町線・月島)

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