氷川神社例大祭で行われる「鶴の舞」

4年に1度の例大祭に「鶴の舞」が奉納される。午後2時、神幸旗を先頭に、大太鼓の音に乗って氏子が歌う道中歌とともに、白装束に身を固めた氏子たちに担がれた神輿が静々と神社を出発する。そして石神井川の川べりに近い「お浜井戸」に到着して式典が始まる。お浜井戸は昔、神社があったところなので、この神幸行列は「お里帰り」と呼ばれている。その昔、お浜井戸に2羽の鶴が舞い降り、その年は豊かな実りの秋を迎えることが出来た。村人たちは、あの鶴こそ神様が豊作を祈るためにつかわしたお使いに違いないと、それから毎年春になると氷川神社からお浜井戸に神幸し、鶴の冠をつけて舞を奉納するようになった。かっては農村地帯だった練馬の面影を今に残す素朴なお祭りだ。

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鶴の舞  小さく切った紙で編み上げた鶴の冠をつけ、紋付の羽織を
広げて羽ばたくさまを表した舞で、子孫繁栄、五穀豊穣を祈るもの。
 
氷川神社発祥の地、こんこんと湧き出る泉がありその水際「御浜井戸」の傍に須佐之男尊を祀ったのが氷川神社の縁起、後に現在地に遷ったが、この地に2羽の鶴が降り立ちその年は豊作だったので、4年に1度の例大祭にはお里帰りと呼ばれる神幸行列を組んで神社から発祥の地まで練り歩き,鶴の舞を演じる。
 
獅子舞  鶴の舞に先立ち、獅子舞が奉納される。二人立ちの獅子舞だが漆黒の獅子頭の上に、細かく切った紙で編み上げた冠を載せて舞う。氷川神社の祭神はスサノオノミコトで、氷川とは荒らしいミコトのイメージから来る火の国の神社という意味と殆どが水辺にたてられていることから由来する名前の2説がある。殆どが関東に所在し、約200社あるという。
 
お里帰り(神幸行列) 午後2時、神幸旗を先頭に、かって神社があったお浜井戸までお里帰りの行列を行う。氏子たちは大太鼓の響きに乗って、道中歌を歌う。

氷川台の地名  昭和40年、住居表示が実施された際、鎮守氷川神社の名から、はじめ氷川町と名付けられたが、板橋区に同じ町名があるので、町をやめて台とつけた。

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練馬」という地名 8世紀ごろ、武蔵と下総を結ぶ官道に「乗瀦」という宿駅があり、これをノリヌマと読んで、ネリマに訛(なま)ったとする説がある。練馬の由来に、むかし馬どろぼうが、盗んで集めた馬を調練したところだという話が有名である。戦国時代の記録に「練間」と書いたものがある。練馬はネリバ(練場)だとする説もある。この辺は古代に土器を作る粘土が豊富で、材料の土を練るのに最適の場所であった。
 
白装束に身を固めた氏子達に担がれ里帰りする神社神輿  台座2尺8寸(85)文化3年作、製作者は不明、江戸期としては珍しい勾欄造り
 
4月第2日曜日   氷川神社(℡03-3933-0391
(練馬区氷川台4-47-3、地下鉄有楽町線・氷川台)

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