穴八幡神社の「流鏑馬」

流鏑馬は平安末から鎌倉時代に武士の間で盛んに行われた射技だが、八代将軍吉宗の時代に初めて将軍家奉納の穴八幡神事流鏑馬が行われた。以後、将軍若君誕生のおりや厄除けに奉納されて来たが明治大正に至り中断された。戦前、皇太子ご誕生奉祝のため穴八幡境内で再興されたが、昭和39年、高田馬場流鏑馬保存会によって復活し、昭和54年からは会場を近くの戸山公園に移し、毎年体育の日に大勢の観客を集めて催されている。高田馬場は慶長年間、越後少将(家康の第六子)の母堂高田の君の別邸だった場所に馬場を築かせて以来の幕府の弓馬調練所で徳川家とは関係が深いところである。

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迫力の歴史絵巻  穴八幡を出発した騎馬隊は午後2時頃、戸山公園に到着する。方板を串に挟んで三ヶ所に立てた的を、走る馬の上から鏑矢で射るのだが矢を放つ度に会場は大きな歓声に包まれる。

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騎士入場

早稲田の地名  江戸初期にはすでにこの名があり、江戸時代に一帯が生育の早い品種を植えた田んぼが多かったことからその地名がついた。一帯の田園は「早稲田田圃」と呼ばれていた。

体育の日   穴八幡神社(℡03-3203-7212
(新宿区西早稲田2-1-1、地下鉄東西線・早稲田)

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