上田城

Photo: Tomorobi (CC BY-SA 4.0)
天正11年(1583年)、真田昌幸が築いた上田城は、二度にわたって徳川の大軍を退けた難攻不落の名城として戦国史にその名を刻んでいます。第一次上田合戦では徳川家康の軍勢約7000を真田軍わずか約2000で撃退し、関ヶ原の合戦に先立つ第二次上田合戦でも徳川秀忠率いる約38000の大軍を足止めして関ヶ原への到着を遅らせました。知略と地の利を活かした真田の戦いぶりは後世に語り継がれ、「表裏比興の者」と評された昌幸の軍事的才覚を示す城です。
関ヶ原の戦い後に上田城は徹底的に破却されましたが、寛永3年(1626年)に仙石忠政が城主となり再建に着手しました。現存する西櫓と南北の櫓は江戸時代の建築で、長野県の県宝に指定されています。本丸跡に築かれた真田神社には真田氏三代が祀られ、「落ちない城」にちなんで受験生の合格祈願の参拝が絶えません。
春には本丸跡を囲む約1000本の桜が満開となり、「上田城千本桜まつり」が開催されます。堀に映り込む桜と櫓の姿は上田を代表する春の絶景です。秋には欅並木の紅葉が城跡全体を赤と黄に染め上げ、ライトアップされた夜の上田城は幻想的な美しさを見せます。真田の知勇を今に伝えるこの城は、信州上田のシンボルとして市民に深く愛されています。
見どころ・おすすめ
城郭の魅力
天正11年(1583年)、真田昌幸が築いた上田城は、二度にわたって徳川の大軍を退けた難攻不落の名城として戦国史にその名を刻んでいます。
見どころガイド
関ヶ原の戦い後に上田城は徹底的に破却されましたが、寛永3年(1626年)に仙石忠政が城主となり再建に着手しました。
桜の名所
春には本丸跡を囲む約1000本の桜が満開となり、「上田城千本桜まつり」が開催されます。堀に映り込む桜と櫓の姿は上田を代表する春の絶景です。
基本情報
| 住所 | 〒395-0804 長野県飯田市鼎八幡町2366ー4長野県下伊那農業高等学校 |
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