江戸時代天保年間に始まった民俗無形文化財「代田餅つき」

代田の地名は伝説の巨人「だいだらぼっち」に由来すると言われるが、この代田地区に昔から伝わる独特の餅搗き行事が保存されている。その搗き方は他地域では見られないもので古来から伝わる餅つき唄で調子を取る「コネドリ」、6人または8人での「カケ搗き」、手を休めることなく搗き手を代える「アゲ搗き」といったものだ。

圧巻は「八人搗き」で、8人の搗き手が臼を取り囲むようにして威勢よく一気に餅を搗く。普段、杵と臼で餅を搗く様子を見ること自体が珍しくなった昨今、この餅搗き行事は貴重な存在だ。

江戸時代天保年間に始まったといわれる、この伝統行事の保存維持につとめているのが「三土代会」で毎年「三土代会発表会」として代田八幡神社で行っている。平成11年に世田谷区教育委員会により民俗無形文化財に指定された。


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代田の地名

地方によくあるダイダラボッチ伝説からきているという。ダイダラボッチの足跡は水の枯れない肥沃なくぼ地になるという説話があり、その説話と地形とがマッチしたらしい。

だいだらぼっちの伝説

日本各地に伝わるスケールの大きい巨人伝説。 ある日、だいだらぼっちは、富士山の頂上に腰をおろし、びわ湖の水で顔を洗った。そして、ひと息、立ち上がろうと、筑波山に「ウムッ」とばかり、かた手をついた、と、三角の形をしていた筑波山の頂上が、まん中から、グシャッとへこみ、今のように男体と女体にわかれてしまつた。そして、立ち上がってから、大きなのびをして、ノッシ、ノッシと秩父の方へ行ってしまったという。

清祓いの神事

定刻1時になると三土代会員、地域を代表する方々をはじめとする来賓、一般客全員が手水石前に集合して手を清める。終わると錫杖を先頭に隊列を組んで四方注連縄を巡らせた祭場に入場、儀式が始まる。お祓い、祝詞奏上、玉串奉奠など清祓い神事が終了し、餅つきの無事終了を祈願して清めの乾杯。

代田餅つき

手水石前の清めが終わり一同錫杖を先頭に祭場へ

代田餅つき

清祓い神事で斎田代表の玉串奉奠

代田餅つき

清払い神事が終わり一同清めの盃を上げる

いよいよ餅つきが始まる

代田餅つき

昔から伝わる餅つき唄にあわせ調子を取る「コネドリ」

代田餅つき

6人で搗く「カケ搗き」

代田餅つき

8人で搗く「カケ搗き」

代田餅つき

杵を休めることなく搗き手を代えながら搗く「アゲ搗き」

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餅つき唄の一節 比の家ナーエ 比の家やかたは目出度いやかた 奥じゃヨーエ 奥じゃ三味(シャミ)ひく中の間じゃ踊る お台ナーエ お台所じゃ   おかちんねりを これはナーエ これは来春(クルハル) ソレサ神供え 神にナーエ 神に供えて千両箱つんで 千両ナーエ 千両箱には大黒・恵比寿 恵比寿ナーエ 恵比寿・大黒ソレサ福の神 さあさナーエ さあさ皆様程よく練れた 練れたところでたたこじゃないか ヨイヨイヨイ

餅つき発表会次第

神事が終わると、早速、蒸籠から蒸された米が臼に運び込まれ、餅つき唄に合せて「コネドリ」が始まる。拍子を取りながら6本の杵を合わせて餅をこねるのだ。そして6人による「カケ搗き」。大の男が6人揃うと搗きあがりも早く、およそ4~5分で搗き上がると言う。最後に「あげ搗き」、杵を休ませることなく、搗き手がうまく交替してゆく。

約30分の間に幾つもの臼を搗き上げたが、テントでは搗き上がる度にあんこ餅にして一般客に振舞っていて長い行列が出来ている。2時からは餅つきは小休止、神楽殿で小学生による和太鼓演奏が始まり勇ましい太鼓の音が境内に鳴り響き観客から盛んな拍手を貰っている。

それが終わると、子供達による餅つきだ。2人1組で杵を持たせるが、餅つきを見ることすら出来ない昨今、実際に杵を振り上げた子供達にとって忘れることの出来ない良い思い出になったであろう。カメラを持った父兄が臼を取り巻き小さな子供も行列を作って出番を待っている。

そして再び三土代会の出番だ。今度は8人搗きの「カケ搗き」が披露されるが、今まで何処の餅搗き行事でも見たことの無い搗き方だ。そのスピード感は勇壮そのもので見る人を圧倒する。200年も前に農繁期の時間節約のためこんな搗き方を開発した村人の姿を彷彿させる。全部の臼を搗き終わり無事を祝って手を締める。

代田餅つき

代田小学校の代田和太鼓演奏

代田餅つき

子供にも餅つきを経験させる

代田餅つき

代田八幡宮
祭神は応神天皇、小田原の役で世田谷城を開場した城主吉良氏の家人7家が天正19年(1591)に宇佐八幡宮(世田谷八幡宮)から八幡神を勧請して祀ったのが縁起とされ、その後代田の発展に伴い天和元年(1681)ほぼ現在地に本格的社殿が建立され、代田地区の鎮守の神として崇敬を受けている。

三土代会

天保年間(1830〜43)の時代、農家一戸当りで搗く餅の総量は平均400~600kgとかなりの量で、各戸が個々に餅を搗くのは農繁期には時間的にかなりの負担になっていた。限られた時間内に大量の餅を搗く必要性に迫られ従来の4人搗きから6人または8人へと早く搗きあがる方式に改良された。

この餅の搗き方は代田地区独自のものだったが、近代になり都市化が進み、この伝統文化の後継者が減っていく傾向にあった。第2次世界大戦後、空襲で焼失した菩提寺「円乗院」の再建を果たした記念として、「代田餅搗き」をこの地の伝統文化として末永く継承して行こうということになり、昭和29年「三土代会」が結成された。三土代会の名前の由来は、かっての代田には代田本村、中原、下代田の集落があったことからこの3つの集落、つまり「三」つの「土」に代田の「代」をとって「三土代会」と名づけられた。

毎年、代田八幡での発表会をはじめ世田谷区の主な行事で代田餅つきの紹介をするほか、東京都の民俗芸能大会「芸能の四季」などにも出演しているが、三土代会が末永く地域に根ざしたこの伝統文化を守り続けられることを切に祈りたい。

基本情報

日程: 1月第3日曜日
アクセス: 小田急線・世田谷代田駅
場所: 代田八幡神社(世田谷区代田3-57-1)
連絡先: 03-3414-5180

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