世田谷北辺の鎮守!世田谷八景にも選ばれている「北沢八幡神社例大祭」

小田急・下北沢駅から徒歩約10分のところにある北沢八幡神社は、世田谷北辺の鎮守として古くから住民の信仰を集めているが、その例大祭は「北沢八幡の秋祭り」として世田谷八景にも選ばれている。

9月第1土・日に行われるが、その目玉は日曜日午後1時から2時にかけて大小約20基の町神輿が神社階段を昇って参詣する賑やかな風景だ。神社神輿はあるのだが保存神輿(飾り神輿)で余程大きな記念行事以外は出御しないという。

関東大震災以降、三社祭に代表される神輿の盛んな東京下町から大勢の人々が移住し、中でも移ってきた職人達がこの下北沢の神輿文化の基礎を作ったものだ。

今は山の手随一の規模と言われる8つの睦会が「惣町睦会」のもとで組織的に運営され北沢八幡神社の祭りを支えている。


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迫力満点!下北沢八幡神社睦会神輿宮入

下北沢の駅を下りると青地に白抜きの祭り旗が軒並み飾られ、町を行く人に混じって祭り半纏を着た若者男女の姿が目に付き、北沢の町は祭り気分一色になっている。広い境内には沢山の屋台が軒を並べ、親子連れや若い人たちで混雑して歩行もままならない。神楽殿では北沢囃子が賑やかに奏でられ、合間に巧みな獅子舞が奉納されている。

午後1時になると子供神輿が次々に現れて、参道に入り階段を上り始める。北沢八幡を支える8つの睦会の子供神輿だ。境内に入ると各神輿の紹介がアナウンスされて、観客から盛んな拍手を貰い木が入る。

南部睦会の神輿が階段を登る

南部睦会の神輿が階段を登る

子供神輿の宮入が済むと各睦会の名入り高張り提灯が鳥居をくぐり、階段下で大人神輿を待ち受ける。裃袴姿の各睦会会長たちが入場すると間もなく、威勢の良い掛け声が聞こえ始め、「新野睦」の駒札を付けた神輿が姿を現す。

参道を練り歩き境内手前の階段を登るのだが、どの顔も元気一杯だ。境内に上がってさらに激しく揉み、拝殿前の階段下で神輿は降ろされる。

四五睦会神輿が階段下で揉む

四五睦会神輿が階段下で揉む

「南部睦」「四南睦」「四五睦」「東北沢睦」「代四睦」「代五睦」と続き、最後が「宮本睦」だ。各神輿は境内に据えられて儀式を待つが、境内は神輿と担ぎ手達それに観客で一杯。異様な興奮に包まれ、見る人も手拍子を叩いて一緒になり祭りはクライマックスを迎える。

階段を登り切り境内で一層激しく練る。周りは観客ですずなり

階段を登り切り境内で一層激しく練る。周りは観客ですずなり

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北沢八幡神社

北沢八幡神社

祭神は応神天皇、540年前の文明年間(1469~87)世田谷北辺の守護神として当時の世田谷城主吉良家の勧請により創建され、7沢8社隋一正八幡宮と称された。七沢とは北沢、上馬、引沢、野沢、奥澤、池澤のこと。歴代地頭の尊信が厚く、早くから人々の尊崇の中心だったと伝えられる。

当社の別当だった森厳寺の炎上により一切の古文書が焼失したが地元の旧家に、江戸時代、慶安3年(1650)時の知行斎藤攝津守の「八幡宮領七石四升は前々のごとく寄進せしむ」という黒印状の写しが保存されていた。

現在の本殿、産土社は嘉永5年(1853)に、幣殿・拝殿は大正9年に新改築され、神楽殿は明治26年に新築されたもの。当時、北沢の民戸は80数軒だったという。

神楽殿で奉納される獅子舞、達者な芸だ

神楽殿で奉納される獅子舞、達者な芸だ

高張り提灯が参道に入場、いよいよ宮入の始まり

高張り提灯が参道に入場、いよいよ宮入の始まり

惣町睦神輿(5年に1度出御)

惣町睦神輿(5年に1度出御)

世田谷の地名

古くは平安時代の文献にも見える名である。この近辺は往時勢田郷という村落で、その勢田のうちの谷地であったためについた、という説がある。

北沢の地名

古くは代田あたりを含む一帯が北沢とよばれていたらしい。世田谷のうち北にある沢ということから来た名前らしいが、真偽は不明。

惣町睦会

昔の神輿担ぎは荒っぽく宮入の一番乗りを巡って小競り合いなど睦会同士の衝突が度々くり返されて来た。そこで全体を調整するいわば8つの睦会の上に立つ惣領としての役割を持つ「惣町睦」が創設され、それぞれの睦会から5人づつ代表が出て構成されている。

基本情報

日程: 9月第1土・日曜日
アクセス: 小田急線、井の頭線・下北沢駅
場所: 北沢八幡神社(世田谷区代沢3-25-3)
連絡先: 03-3421-5776

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