猿田彦命が主催神の「御園神社祭礼」和太鼓、盆踊り、露店も

神社祭礼の神幸行列に恰も天狗さんのように鼻が長く、高下駄を履いて行列を先導する姿を見かけるが、これが猿田彦命だ。天孫降臨に道案内をした神話から、特に信仰の厚い人が宮司の推挙を得て参籠禊斎し、猿田彦命に扮してこれを勤めるものだ。

この猿田彦命を主催神とする神社が御園神社で、西蒲田7・8丁目、新蒲田1丁目を氏子地域とする。2年に1度の本祭には法務大臣賞を受賞した神社神輿が出御し、御園神社睦会が中心となって奉仕するが、神楽殿では和太鼓が演奏される。また、夜には盆踊りの風景なども見られ、露店も沢山出て賑わう。


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猿田彦神

猿田彦神

天八衛(あめのやちまた)から天孫降臨の道案内をしたため、導きの神とされる。

鼻が異様に長く、背の高さ7尋、目は鏡のごとく輝き、異形の姿であったために天狗と習合し、道祖神とも習合して幅広い信仰を集めるようになった。

お神輿の渡御に天狗が先導するのはこのためで国津神として、各地において種々の民間信仰が伝えられている。

天宇受売命

神代の昔、天照大神が天岩屋戸に隠れられた時、天宇受売命は8百万の神を笑わせて、天照大神を天岩屋戸から引き出したことは、有名な神話だ。

天孫降臨の際、五部神の一としてニニギの命に従い、天八で猿田彦命と交渉し、猿田彦命の道案内によって無事降臨された。ゆえに猿女君の祖となり、宮中に仕え、神楽、技芸の祖となった。

猿田彦命とともに天孫降臨に果たした縁により、猿田彦命とともに祀られることが多い女性神だ。

御園神社

御園神社

創建年代は不詳、その昔多摩川の洪水によって流れついた猿田彦命を祀って、おしゃもじ様と称え、村民の信仰が厚く崇敬された神社であった。

明治20年までは御園村・女塚村の総鎮守として八幡社が現在の蒲田駅東口の付近に鎮座していたが、東海道線敷設のため、境内地を収容されたので、女塚村と御園村はそれぞれ鎮守を移転した。

明治21年に境内を広め、御園神社と改称して現況のような鎮守様となった。蒲田一体は戦災によって焼け野原になったが、戦後いち早く復興した。

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蒲田駅西口の大通りに面し交通の便に恵まれているため、社務所を利用する人が多く、いろいろな会が神社を中心にして活動している。伝統芸能として、神社ゆかりの猿田彦の舞が伝えられており、青年部を中心に、お囃子とともに例大祭神幸祭神輿渡御の先導をするなどして、祭典に奉仕している。

おしゃもじ

駅を下り、西口大通りを進むと先ず目に付くのが長く続く分離帯に飾られた御園神社の祭礼提灯だ。そして参道に入ると早朝にも拘わらず詰め掛けた大勢の担ぎ奉仕の人たちで境内は埋め尽くされている。

めいめいがしゃもじ2本を渡され「神輿渡御奉仕之証」を首にかけている。

法務大臣賞

本殿左脇の境内には法務大臣賞を受賞した立派な神輿が鎮座している。この神輿は刑務所の囚人が造った飾り神輿で、これを格安で買い取ったものの、補強に思わぬ費用がかかったという。

御園神社の宮出し

宮出し時間は午前10時で、諸挨拶に続く乾杯で担ぎ上げられ、境内で揉んだ後、鳥居をくぐり神官、猿田彦命、天宇受売命、総代たちに先導されて神輿は進み、後に2本のしゃもじを打ち鳴らしながら氏子や担ぎの交代要員が続き一日をかけて氏子町内を巡幸する。

基本情報

日程: 7月21〜22日
アクセス: JR蒲田駅
場所: 御園神社(大田区西蒲田7-40-8)
連絡先: 03-3735-5096

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