年末の買い物客でにぎわう薬研堀不動尊の「納めの不動 歳の市」

納めの不動の12月28日を挟んだ前後3日間、薬研堀(やげんぼり)不動堂周辺に今年最後の大きな歳の市が立つ。

衣類や食料品などを商う露店が殆どだが、もともとは納めの不動の参詣人を当て込んだ正月の飾り物や日用品の市として栄え、一時は羽子板屋も並んでこれを買いに来る芸者衆の姿が人目を引いたという。

江戸後期、浅草観音のほか深川八幡、神田明神、湯島天神などとともに江戸屈指の大市として賑わったが戦後衰退し、1962年に地元町内会の努力でかっての伝統を復活させたものだ。1965年からは東日本橋の問屋街が「出庫市」という大安売りの露店を出して協賛するようになり、年末の買い物客で賑わっている。


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薬研堀とは

江戸時代、この辺りに矢ノ倉と呼ばれる蔵があった。軍用の矢を格納する蔵とも、幕府の米蔵だったとも言われている。

その周囲は石垣に固まれていたが、蔵は元禄12年に取り払われ、周囲の掘も大部分が埋め立てられた。そして、一部残された隅田川河口近くの堀は薬研堀と呼ばれるようになる。

薬研とは、漢方薬種を細かく砕く鋳鉄製の器具のことで、この俗称は堀の形がV字形にくぼんで薬研に似ていたからとも、また、このあたりに医者が多く居住していたためともいわれている。

現在「薬研掘」は薬研掘不動尊にその名を残すのみとなっている。

宮屋とガサ屋

宮屋とガサ屋
不動尊の門前通りにならぶ、しめ飾りなどを扱うガサ屋3軒と神棚とその供え道具を扱う宮屋1軒が正月用品を扱う歳の市の面影を残している。

薬研堀不動尊

薬研堀不動尊
道路から見上げるような階段の上に不動堂が立ち、その頂上に金色の八角宝塔が輝いている。

順天堂の始祖と仰がれる佐藤泰然が、天正9年(1838)に和蘭医学塾を開港した所で境内には「順天堂発祥の地」の碑が建てられており、また「講談発祥の地」としてその碑も立っている。

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お正月気分をかきたてるガサ屋

お正月気分をかきたてるガサ屋
江戸の名残を留める最後の歳の市で不動尊の線香の香りがたなびく中に正月飾りを扱うガサ屋2軒の露店が出る。今ではほうきを使う家庭は少なくなったが、かっては歳の市というとほうき屋がつきものだった。

中央区の地名の由来

日本橋区と京橋区が統合され、東京の中央すなわち中心との意識から誕生した。

日本橋の地名の由来

町名の由来は架けられた橋名による。橋の名前の由来は江戸時代、町割を行った時に、五街道の起点として、諸国への行程の中心であることから架橋命名された。

日本橋区と京橋区が合併して中央区ができることになったとき、日本橋区では旧区名に対する愛着が強く、統合に際して「旧日本橋区の区域の町名呼称は中央区日本橋〇〇町〇丁目〇番地と呼ぶものとする」という但書きを付けた。

基本情報

日程: 12月27〜29日
アクセス: 都営浅草線・東日本橋駅
場所: 薬研堀不動尊(中央区東日本橋2-6-8)
連絡先: 03-3866-3706(歳の市保存会)

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